東京地方裁判所 昭和39年(ワ)12290号 判決 1965年10月06日
原告 翁維郷
右訴訟代理人弁護士 吉岡秀四郎
同 緒方勝蔵
被告 福神和三
右訴訟代理人弁護士 高橋義一郎
同 伊沢英造
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
本件のように、土地や建物の明渡請求権を保全するために、目的物たる不動産を執行吏の保管に付し、現状を変更しないことを条件として、これを債務者に使用させる、いわゆる占有移転禁止仮処分の執行中、債務者がこの不動産につき敢えて物的な変更を加えた場合に、いわゆる点検執行として、執行吏が債務者の使用を禁止し、債務者を目的不動産より退去させる執行をなすのは、この種仮処分命令は、執行吏にかかる強力な権限を与えたものではないし、またかかる執行の債務名義たる趣旨も明白には表現されていない、という理由で当裁判所も違法と考える。殊に本件のように、この種仮処分が土地の明渡請求権保全のために、その地上の建物についてなされた場合は、債務者がこの建物に多少の改造工事を施し、現状変更をしても、その同一性を変じない限りは、この建物収去の執行についてさしたる困難を加えるものではなく、かえって債務者の建物所有権の行使を不当に制限することになるから、この現状変更を理由として、債務者に対し、その所有の建物の使用を禁止し、債務者を退去させる如き処分をなすのは、甚だ行過ぎといわざるを得ない。
しかしながら、本件の点検執行がなされた昭和三六年八月当時においては、建物収去土地明渡請求権保全のためにする建物の場合であると否とを問わず、この点検執行の適否については学説上積極・消極の両説及びその折衷説が対立し、実務上の取扱も区々にわたり、東京地方裁判所管内においては、おおむね積極説に従った取扱がなされていたのであるから、本件において被告がこの積極説によって債務者である原告に対し、本件建物の使用を禁止する趣旨の執行申立をなし、執行吏がこの申立に基いて、原告に対し本件建物の使用を禁止する執行をなしても、これを目して、不法行為に基く損害賠償の対象とさるべき故意又は過失ある違法行為ということは出来ない。のみならず、原告の本件建物の補修改造行為は、本件建物の同一性を変ずるようなものではなかったにしても、単なる保存行為の域を出で、本件仮処分の執行中のものとしては相当に大がかりであったことは、この点に関する原告の主張自体からしても明白であるから、被告がこれを目して仮処分違反の現状変更行為であるとし、本件点検執行の申立をなしても、当時としては強いて責むべきものはなかったと云わなければならない。
されば右点検執行の申立が不法であったことを理由とする原告の本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松永信和)